阪急バス路線物語(BLOG ver.)

阪急バス・阪急田園バスが運行する京阪神地区を中心に、「バス停」とその風景を撮り続けています。

高槻市役所前(たかつきしやくしょまえ)

※ この停留所は、2017年4月1日から 深夜急行バス茨木・高槻線の運行休止に伴い、休止中です。

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 国道171号、高槻市桃園町3番27号地先・城西町4番48号地先、高槻市役所前にあった停留所。写真は京都方面に向かって撮影。
 もともとは京都線(のちに茨木水無瀬線)の停留所として設置されるが、1997年12月22日に茨木水無瀬線(現在の茨木富田線)の国道富田~阪急水無瀬間が運行休止となったために、当停留所も休止扱いとなった。
 2002年12月4日に深夜急行バス・茨木高槻線が開設したことにより、高槻方面向きは降車停留所として取り扱いを再開した。2017年4月1日、深夜急行バス・茨木高槻線が運行休止となり、停留所はふたたび休止扱いとなった。

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 茨木方面に向かって撮影。

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 高槻・阪急水無瀬方面の標柱。一般路線として運行休止していた2002年8月に撮影したもの。

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 深夜急行バスとして降車扱いをしていた頃の2008年5月に撮影したもの。深夜急行バスの次停留所は「
JR高槻駅南」だが、修正されないままであった。

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 運行末期の2017年3月に撮影したもの。この頃になると退色が激しくなってきた。茨木水無瀬線の運行休止から5年間貼られていた「休止中」のテープの跡は最後まで残っていた。

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 時刻表掲示面を撮影したもの。

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 上部円板はこんな感じだった。運行休止後は撤去され、2018年の阪急バス主催イベントで売り出されることに。

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 深夜急行運行休止後の2017年8月に撮影したもの。円板は撤去され、停名表示面は「休止中 阪急バス」という板が貼りなおされた。

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 時刻表掲示面は何も掲示されなくなった。

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 JR富田・JR茨木方面の標柱。2002年8月現在では標柱は撤去されずに残っていた。

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 2008年5月に再訪した際に撮影したもの。黒色のタイルの左上に標柱の撤去跡が見えた。

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 2017年3月に再々訪問したもの。歩道柵が再整備されたことで標柱の設置跡は見れなくなった。タイルをよく見ると、バス停があったことを示す点字ブロックの撤去跡もわずかだが確認できる。

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 高槻市と阪急バスとは深いつながりがある。高槻市が市営バスを運行するのにあたって、阪急バスが高槻市内を走る日の出バスを買収しその営業権などを阪急バスから高槻市に譲渡した、という経緯がある。淀川右岸路線を京阪バスに譲渡したり、日赤線や茨木水無瀬線を休廃止したことで、高槻市内を走る阪急バスは茨木富田線と柱本線および名神高槻を経由する高速線のみとなった。

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 深夜急行バスの「高槻市役所前」到着時の車内モニター。現在は見ることができない。






▼ 茨木水無瀬線(旧・京都線の一部)
JR茨木方面~
国道富田明治製菓前芥川高槻市役所前高槻天王町野田国道梶原五領上牧高浜阪急水無瀬~河原町御池方面






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