阪急バス路線物語(BLOG ver.)

阪急バス・阪急田園バスが運行する京阪神地区を中心に、「バス停」とその風景を撮り続けています。

0268 発電所前(はつでんしょまえ)

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 池田市伏尾町、国道423号・旧余野川発電所前にある停留所。同発電所(後述の補足を参考)は写真左方の山奥(川沿い)にある。1980年代までは停留所から発電所のある対岸まで橋がかけられていたそうだが、1990年代半ばには既に橋が壊れてしまっており、この停留所から発電所までアクセスすることは不可能になっている。
 余野方面に向かって撮影。
 
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 久安寺・阪急池田方面に向かって撮影。

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 今ではかなり珍しくなった現役の木製標柱。2007年に確認したときには草木がキレイに刈り取られていた。

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 時刻表。路線図こそ無いものの、この手の停留所としては整備されているほうで、まだ停留所としての機能は保たれている。 

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 上部円板はこのとおり。しっかりと「発電所前」と書かれている。2007年現在、この「発電所前」の部分が貼り直されていた。

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 2011年4月末に撮影したもの。時刻表はWEBサイトのものを印刷したものが貼られるように。状態がさらに悪化したようにもみえる。

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 2013年2月現在の標柱。

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 停留所北側には発電所に通じていた吊り橋があるが、現在では写真の通り完全に壊れてしまっており通ることは出来ない。ロープをつたっていけば行けそうではあるが、猛者かよほどの物好きでない限り、渡ることはまず不可能だ。

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 その後、橋梁は国道側が閉鎖されることに。国道423号線を管轄する池田土木事務所に問い合わせると、河川占有許可を得ておらず所有者不明の橋であったことや、ワイヤーだけで放置されていて危険であったことなどから、2012年3月に完全に撤去したのだとか。

<メモ>余野川発電所

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 箕面有馬電気軌道(現在の阪急電鉄)の電力供給事業拡大により、1922(大正11)年4月9日、現在の池田市伏尾町付近に竣工した発電所で、当時としては画期的な自動水力発電所だった。同様に箕面有馬電気軌道が設置した水力発電所としては出合発電所(西能勢線・旧「出合」停付近、現在はダムに水没)があった。
 その後、配電統制令の制定により、1942年4月に関西配電(株)が設立され、このときに余野川発電所の運営が阪急から関西配電に承継された。さらに、戦後のGHQ施策により、1951年5月に関西配電と日本発送電との統合により関西電力が設立されることに伴い、この発電所は関西電力の所有となった。廃止されたのは1970年1月のことである。発電所建物はその後撤去され、2011年現在では残っていない(関西電力の回答より)。
 関連して、バス停自体も発電所竣工すぐに新設されている。1924(大正13)年10月に盛運社が池田~余野間の路線を開設、1925(大正14)年3月1日現在では「伏尾発電所前」という停留所で存在していたことが確認できる。なお、盛運社は1925年7月に池田能勢妙見自動車に譲渡され、さらに同社は1941(昭和16)年2月に北摂乗合自動車に吸収合併されたのち、1946(昭和21)年に阪神合同バスに合併すると同時に阪急バスに社名変更される。 
  実は東能勢線のバスに乗っていると、発電所前北側のところで石が積まれた崖がある。そこがどうやら発電所跡らしい。ただ、現地に撮りに行こうにも国道にはダンプがわんさか通るので、怖くてなかなか近づけない。


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 発電所前バス停周辺のマップ。(クリックして拡大します)
 地図に記載している山道(=青線)は、1970年代の各種地図を基に作成したものだが、余野川右岸では砕石場やゴルフ場、住宅地開発などにより当時の地図とは様子が大分変わっているため、道が現在が存在しているという保障は無い。発電所跡へは伏尾台から山中に入るしか無さそうだ。
 
参考1:
 
http://www.hankyu-hanshin.co.jp/kenkyusho/history/200608/index.html
 (※2010年11月、URLの消滅を確認。Internet archiveで閲覧可能。)
参考2:
 豊能町史本文編p.729~p.734
 京阪神市街地図集(大阪人文社) 


2004.5.22 ver.1.00
2007.8.25   ver.1.01
2010.11.27 ver.1.02
2013.2.23 ver. 2.00

<補足>国道423号線土砂崩れによる東能勢線広域迂回運行 
 豊能管内の各路線は希望ヶ丘などの住宅団地輸送を持っている一方で、一部では「阪急バスで最も過酷な路線」として恐れられている。途中経路の府道・国道での土砂崩れ・道路崩落が発生するケースが高く、最近では2003年8月に東能勢線で、
2004年9月に北大阪NP線で長期的な迂回運行を迫られた。
 ここでは2009年3月に国道423号線で発生した土砂崩れによる迂回運行とともに東能勢線の迂回運行について記載していく。なお、2003年発生時は旧サイトのものを一部再構成した。
 2003・2009年に発生した崩落事故はともに、発電所前~大弥砕石場(北摂池田メモリアルパーク前)間で発生したものである。この崩落危険箇所を避けるべく、「伏尾バイパス」の設置計画があったものの 土地買収が進まないなどの理由で、2008年末現在、事業は凍結してしまっている。

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  ↑ クリックすると拡大します(2009年3月18日作成)

 <2003年8月発生時の様子>
当時の時刻表はこちらにてアップロードします。
 写真は2003/8/6,15に撮影。
(1)はじめに 
  2003年8月5日19時30分頃、池田市伏尾町の国道423号線テング橋上流付近( 発電所前~大弥砕石場間)において土砂崩れが発生した。このため、 翌6日より東能勢線の余野~池田間を休止するとともに、余野~阪急箕面間を迂回運行する措置がとられた。
 [136]系統の代替運用である牧~余野~阪急箕面間のノンストップ臨時バスを軸として、それを補完する形で下止々呂美~余野間の連絡バスも運行。朝晩の[26]系統の代替である希望ヶ丘四丁目~余野~阪急箕面間の臨時バスも運行された。
 ノンストップ便の運行経路は、国道423号から府道4号を抜け、府道9号を通り阪急箕面へと向かうもの。停留所名でいえば余野~川尻~高山~勝尾時~粟生間谷西四~青松園前~如意谷住宅~阪急箕面という経路である。箕面へ出るには地図上では府道43号(箕面の滝)を経由するのが距離として短いものの、なにぶん免許が無い上、それ以前に大型車通行禁止である。
 当初、道路は20日頃に復旧予定とのことであったが、関係各所の努力もあり15日夕刻には片側通行ではあるが道路が復旧、同日17時より池田発着系統の運行が再開された。阪急箕面からの乗客のために阪急箕面発着系統も同日の終便までは池田発着便と平行して引き続き運行されていた。
 今回の迂回運転で特筆されるのは、6日の早朝には既に標柱などに告知の紙が貼られていたり、臨時ダイヤも平日・土曜・日祝の細かな運用が組まれるなど、阪急バスの対応が非常に迅速かつ的確であったことである。 運用面でも、豊能支社の車両や乗務員だけではとても足りないため、各営業所・支社からの車両・乗務員の応援、また本社からも整理員が派遣されるなど、 全社をあげての応援体制が整えられていた。
 なお 2003年末現在、道路は完全復旧している。この場所は以前(98年6月)にも崖崩れを起こしていた。
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↑発電所前~西山口間の運休証明書。
 (発行日の日付等を加工・削除しています)

(2)阪急箕面~余野・牧、希望ヶ丘系統 
 
箕面~川尻間 箕面行56分/余野方面55分
 箕面~牧系統 箕面行66分/牧行67分
 箕面~希望ヶ丘系統 箕面行69分/希望ヶ丘行66分

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 阪急箕面~余野・牧系統の ノンストップ臨時バス。阪急箕面~川尻間は途中無停車で、川尻以北は通常どおりの乗降扱いとなっていた。しかし、バス停などの掲示には「高山 経由」と書かれており、高山に停車すると勘違いして誤乗した人間もいた。
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 前面の簡易行先表示。紙をラミネート加工されたものが貼られていた。大きくて非常に分かりやすい。
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 豊能営業所のバスだけでは車両数が足りないため、伏尾台や茨木の各営業所からも応援のバスが来ていた。また、余野には整理員も配置されていた。
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 牧行きのバス。 阪急箕面ゆきのバスは幕を「阪急バス」にして運行していたが、こちらは「余野・牧行き」の幕で運行していた。分かりやすい案内を、という配慮であろう。

(3)余野~下止々呂美循環 連絡便 
全長 27分
(余野→下止々呂美間 12分、下止々呂美→(BP経由)→余野 15分)
 
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 下止々呂美~余野 間の連絡バス。阪急箕面発着便に接続するように運行していた。
 運行経路は余野→学校前→下止々呂美→[国道423号バイパス]→中止々呂美→余野という循環運行であった。(一部、下止々呂美発着あり)
 バスは全便マイクロ車両で運行。写真は芦屋浜営業所からの応援、0001号車。
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 前面の簡易行先表示。箕面発着便と同じ素材のもの。

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 15日の池田~余野間運行再開後にも箕面発着便のために同日終便まで臨時便が運行されていた。写真は茨木営業所からの応援の0002号車。
 運行されていたのは応援の2台と豊能町内線用の0003の計3台であるが、応援の2台はどちらも車内にはカードリーダーはおろか運賃箱等の設備がないため、運賃は箕面発着便の車内で一括清算となっていた。 設備のある0003も同様の扱いであった。


(4)池田~久安寺 区間便 
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 余野~池田間の運行休止に伴い、池田側は久安寺までの区間運行を実施。時刻の変更はなく、余野方面発着のバスと同じ時間で池田~久安寺を走っていた。
 ちなみに幕は「阪急バス」。写真は伊丹支社からの応援車両。

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(5)各停留所の様子・掲示類 
 告示は以下のようなものになっている。区間別に内容が微妙に違っており、細かな案内がなされていた。
 (それぞれクリックすると拡大します)
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左から池田~久安寺、発電所~西山口、下止々呂美~余野
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左から希望ヶ丘~余野、余野~牧、池田、池田
k030815_02.jpg 復旧

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 阪急箕面で待機中の牧ゆき。牧、希望ヶ丘ゆきは[3]のりばから発車していたが、のりばには何も案内は無かった。 今回の迂回運転に関連して、阪急箕面・池田・余野には係員が派遣されていた。

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 迂回運行終了日の余野。標柱には迂回終了の告知が貼られていた。 
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 余野のベンチにずらりと貼られた時刻表。標柱には貼るスペースがないための苦肉の策であろうか。
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 こちらは大弥採石場(だいやさいせきじょう)。西山口、水源地、大弥採石場、発電所前の各停留所では、迂回運行の対象から外されバスは全便運休 となった。

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 発電所前停留所北にある崩落現場跡。現在ではこのように復旧工事が終了している。(2004/5/22)

 
 <2009年3月発生時の概要>
※文章は2009年11月9日現在、速報等については公式サイト等を参照のこと。 
参考1:http://www.pref.osaka.jp/ikedo/R423stop.pdf(大阪府池田土木事務所) 
参考2:http://bus.hankyu.co.jp/whats_new/090317b.pdf ( 削除済み)
 2003年8月の崩落から5年後、またしても崩落事故が発生してしまった。
 2009年3月16日 午前7時25分頃、発電所前バス停北東300mの場所において、国道423号東側の民有地から土砂等が崩落し、道路上に堆積するという崩落事故が発生した。同日9時35分頃、道路の土砂等の撤去が完了したことで、片側交互通行規制を開始する。翌日の17日、通行車両の安全確保のために、防護用大型土嚢の設置が完了するまでの間、念のため、該当場所を全面通行止めを実施。そのことにより阪急バス東能勢線では迂回運行を実施することとなった。
 全面通行止は予定よりも2時間近い、21日15時頃に解除し、それに伴い、同日の池田15:10発牧行および牧15:16発池田行きの各便から通常運行に復帰した(同日 13:38発表)。道路については全面通行止解除以降も、現場付近で対策工事が完了するまでの数ヶ月間、終日片側交互通行規制を実施することになった。この終日片側交互通行規制は11月9日16時頃に規制解除となり、12月末までは後片付け工事等のために数日間の昼間時間帯に片側交互通行規制を行なっている(11/6発表)。 

主な実施内容としては次の通り。
・全面通行止の実施期間 2009年3月17日19時~21日17時15時頃
・通行止区間 新吉田橋交差点~箕面IC出入口の約3.8km
 (現場付近約100m以外の区間の通行は可能、通り抜けは不可)
・阪急バスの迂回運行
(1)池田~下止々呂美~余野方面は、絹延橋~下止々呂美間を<木部IC-R173-R477-吉川交番前-止々呂美東西線-中止々呂美-R423BP-下止々呂美>経由に変更(途中無停車)。これにより木部~西山口間の各停留所には停車しない
(2)運休区間のうち、池田~久安寺間は折り返しで運行。
(3
)迂回運行便はダイヤ遅延の可能性有り
注:21日の池田発15:10、牧発15:16から通常運行へ復旧


 今回の迂回運行は、2003年8月の発生時にはこの止々呂美東西線や箕面有料道路が未開通であることもあり、勝尾寺・箕面方面への迂回を余儀なくされていたが、2007年5月に開通した止々呂美東西線が迂回ルートとして採用されている。
 ちなみに通常経路と各迂回経路との距離を比較すると、余野~池田間の通常ルートで約14.8kmなのに対して、2003年8月迂回ルートの余野~箕面間では約19.5km、2009年3月の迂回ルートの余野~池田間では約21.8km(いずれもgoogle mapの計測による)とそれぞれなっている。ちなみに余野~箕面間では箕面有料道路経由を使用すれば約15.2km、箕面滝経由であれば約16.6kmとなっている。


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↑ 阪急バスの公式サイトで2006年頃から開始された運休情報提供ページ(携帯からもアクセス可、画像は一部加工済)。これが始まった最大の原因は2005年冬に発生した豪雪による全面運休だろう。

 

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