阪急バス路線物語(BLOG ver.)

阪急バス・阪急田園バスが運行する京阪神地区を中心に、「バス停」とその風景を撮り続けています。

0040 豊中稲荷神社前(とよなかいなりじんじゃまえ)

0040_20161029_064.jpg 
 豊中市本町5丁目・7丁目、豊中稲荷神社参道の南側 にある停留所。
 旧停留所名称は「市場前」(読み:いちばまえ)。この「市場前」停留所は阪神合同バス時代の1935年に新設されたが、それ以前には阪急豊中~豊中中学(現在の豊中高校前)間に豊中乗合自動車および菅野茂八郎が路線開設の際に認可(1927年)された「稲荷前」が停留所の始祖であると思われる。
 「市場前」という停留所名称は、現在本町1丁目13番34号にある「チェリオ」ビルにあった「阪急豊中市場」が由来している(詳細については後述)。
 旧「阪急豊中市場」が1980年~1983年頃にかけて「チェリオ」ビルに建て替わったことを受けて、2016年11月1日に府道豊中亀岡線上の1番・2番のりばを「
宮山幼稚園前」に、3番(東行き)・4番(西行き)のりばを「豊中稲荷神社前」にそれぞれ名称変更した。「稲荷」という停留所名称がつくのは、先述の1927年に認可されて以来 およそ90年ぶりのこととなる。

0040_20161029_045.jpg 
 豊中方面に向かって撮影。写真奥には旧「阪急豊中市場」のあった「チェリオ」ビルがみえる。

0040_20161029_035.jpg 
 停留所名称変更直前の標柱。

0040_inari_02.jpg 
 停留所名称変更後の千里中央・桃山台駅前方面の標柱。標柱本体は新しいものに更新された。

0040_20161029_042.jpg 
 停留所名称変更直前の千里中央・桃山台駅前方面の標柱。

0040_inari_03.jpg 
 停留所名称変更後の豊中方面の標柱。こちらも標柱本体は新しいものに交換された。

0040_20161029_058.jpg 
 停留所名称変更前の豊中方面の標柱。すでに標柱は新製のものに交換されていた。

0040_20161029_038.jpg 
 名称変更の告知。

0040_04_201610292225525b2.jpg 
 2007年8月当時の千里中央・桃山台駅前方面の標柱。

0040_03_20161029222550a64.jpg 
 2007年8月当時の豊中方面の標柱。

0040_inari_06.jpg 
 およそ90年ぶりの復活となる「稲荷」の文字。

0040_inari_08.jpg 
 旧新免村一帯を氏子区域となる稲荷神社。「北摂のお稲荷さん」として親しまれており、毎年七五三などでにぎわう。

2007.8.12 2016.10.29

▼コラム:「市場前」の「市場」とは何だったのか。
0040_20161029_049.jpg 
 阪神合同バス時代の1935年に設置認可された「市場前」停留所も、80年の時が経ち、名称変更することとなった。すでに平成時代には停留所周辺には「市場」は存在しておらず、停留所名が歴史に取り残されていた状態だった。「市場」はどこにあったのか、資料を基に紹介する。

0040_20161029_030.jpg 
 「市場」とは「阪急豊中市場」が由来している。1930年に開設された阪急豊中市場は、銀座通りをはじめとする現在の阪急豊中駅東口における商業地域の発展の素地となった。その後、阪急豊中市場は株式会社化され(時期は不明)、1980年~1983年頃に市場があった場所に「(株)阪急豊中市場 チェリオ」ビルを竣工した。

0040_20161029_098.jpg 
 1963年当時の「市場前」停留所周辺の様子。当時の「本町1丁目193番地」に阪急豊中市場があった。当時のバス停も現在のスクランブル交差点により近いところに設置されていたのが分かる。(「精密住宅地図(豊中市北部」;吉田地図より引用、個人名が含まれる箇所についてはぼかし加工をしています) 

0040_20161029_019.jpg 
 1980年当時の「市場前」停留所。「市場前」停留所のバス停位置は現在の位置に変わっているのが分かる。現在のスクランブル交差点付近にもバス停があったように示されているが、おそらく情報が修正されていなかったのであろう)。この3年後の住宅地図には「(株)阪急豊中市場」があった場所に「(株)阪急豊中市場 チェリオビル」が記載され、のちに「チェリオ」と記載が修正されていた。(「精密住宅地図(豊中市北部」;吉田地図より引用、個人名が含まれる箇所についてはぼかし加工をしています) 

0040_tennpo.jpg 
 1963年、1980年当時の店舗。1980年頃には新開地デパートなども出来ており、駅前の商業が活性的であったことが分かる。なお、1983年当時にあるチェリオビルには6階立てのビルに23のテナントが入っており、学習塾や不動産業・証券会社などもはいっていた。なお、2016年現在も旧市場時代から営業している店舗もいくつか存在している。

0040_20161029_029.jpg 
 「豊中(銀座通り商店街)」おりばから見られるチェリオビル。2008年12月の豊中市内線再編までは、(柴原方面・豊中高校前方面から来る)阪北線・豊中市内線の各路線がこのおりばで降車扱いを行っていたが、現在では 豊中市内線は通過して豊中ターミナルへ直行し、降車扱いを行うのは阪北線のみになった。

0040_20161029_062.jpg 
 旧塗装バスとチェリオビル。

▼他路線に残る「市場」バス停
 なお、阪急バス路線下において「市場」という名称の停留所は、吹田市内線の「市場」(摂津市千里丘)、吹田線の「市場前」(吹田市垂水町)がある。前者は旧亀岡街道沿いに市場があった(という説がある)から地名として「市場」が残り、現在は郵便局や池にその名が残っている。後者は「豊津振興市場」(現在のスーパーマーケット「シンコー」)が由来している(停留所西側には「豊津市場」という市場があったが、1970年代にはアパートとなり、現在は駐車場となっているため)

▽▽参考文献▽▽
・新修豊中市史・第8巻(社会経済);豊中市
・新修豊中市史・第2巻(通史2);豊中市
・保存版 豊中・吹田今昔写真帖;郷土出版社
阪急バス50年史;阪急バス
・阪急バス三十年史;阪急バス
・精密住宅地図・大阪府豊中市北部(1963,1980,1983);吉田地図
・「
阪急バスには豊中市本町に「市場前」というバス停があるが、この名前はなぜついたのか。ここに市場があったのかどうか知りたい。」(レファレンス協働データ)
関連記事

 停留所(一般路線)