阪急バス路線物語(BLOG ver.)

阪急バス・阪急田園バスが運行する京阪神地区を中心に、「バス停」とその風景を撮り続けています。

円山隧道(まるやまずいどう)

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 猪名川町内馬場、旧R173・円山隧道南坑口にあった停留所。1981年10月16日、一庫ダム完成に伴う路線変更によって廃止された。(写真提供:塩田剛一氏(能勢町)、1977年5月撮影)
 

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 現在の地形図と場所を照らし合せてみると、この場所にバス停があった。今ではダムに水没しているため、渇水期でなければ隧道をみることはできないそうだ。

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 1975年の空中写真を基にバス停の場所を特定したもの。龍化峡と呼ばれた付近は、道も悪いものの、能勢と大阪を結ぶ大切な幹線道路だった。

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 「円山道」と書かれているように見える円板。上下線兼用で、池田向きに設置されていたようだ。(写真提供:塩田剛一氏(能勢町)、1977年5月撮影)

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 円山隧道の南坑口の様子。路線バスが通るのもやっとな路線環境だったのが垣間見れる。(写真提供:塩田剛一氏(能勢町)、1977年3月撮影)

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 1981年10月16日の改正によって廃止された区間と新設された区間。(阪急バス社内報より)

 阪急池田駅から国道173号線を経て能勢町へと至る西能勢線は、一庫地区に水資源公団による一庫ダムの建設が進められていた。このダム建設に伴い、一庫地区の国道が水没するため、1977年10月から代替新道の建設が進められ、1981年10月16日に供用開始となった。
 この工事期間中、西能勢線は日生中央駅から猪名川町阿古谷逐を経由する迂回路線によって運行を維持していたが、新道の併用開始とともに迂回路線を一部新道に復元した。なお、西能勢線の円便のうち6往復を上阿古谷経由の迂回路線として存続させることになった。これは、工事の実施と合わせて路線休止した第三種生活路線(乗車密度が5人未満の生活路線)である紫合・上阿古谷系統を整理するための措置でもあった。
 なお、山下駅前(一部は池田発着)から能勢町の倉垣に至る倉垣線も、一庫ダムの建設に伴って迂回運行をしていたが、1982年6月1日の新県道開通に伴って同日から路線乗せ替えが実施された。

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