阪急バス路線物語(BLOG ver.)

阪急バス・阪急田園バスが運行する京阪神地区を中心に、「バス停」とその風景を撮り続けています。

歴史とともに消えていった停留所たち:vol.1 刀根山線

 阪急バスが運行されている阪神・北摂・京都エリアでは、千里ニュータウン開発や大阪万博、さらには中国自動車道・名神高速をはじめ、1970年代から多くの開発が行われてきました。
 かつて農村だった地域は、そうした大規模開発によって変貌を遂げ、今や郊外都市として成長してきました。そうした開発の中で、廃止されていった路線や停留所も珍しくありません。なかには、例えば一庫ダムによって水没した西能勢線旧線のように、その後の開発によって道路自体が消滅し、今日になってルートや停留所があった場所を特定することが不可能になってしまったものもあります。
 このコラムでは、「歴史とともに消えていった停留所たち」と題して、今日 それを特定することが不可能になってしまった路線や停留所を、地図などの資料をつかって、紹介していくものです。



 第一弾は「刀根山線」です。

 刀根山線は、1963年8月1日に、西金坂(刀根山7丁目とも)~柴原口間の1.5㎞を延長したことで、豊中~刀根山循環系統として開設されました。その後、中国自動車道の設置に伴い、1970年5月27日にこの区間において路線変更が行われました。

 ということで、中国自動車道ができる前後の刀根山線の様子を見てみましょう。(図をクリックすると拡大します)
linemap_toneyama.jpg 
 1970年5月27日に路線変更が行われる前、この区間には「西金坂」「金坂池」「刀根山元町」「柴原公園口」という4つの停留所がありました。このうち、「金坂池」「柴原公園前」は中国自動車道・府道大阪中央環状線の設置により、当時の位置を追認することは不可能になりました。

 路線変更後、1970年時点では「刀根山七丁目」「刀根山元町」「柴原公園前」の3つの停留所となります。

 その後、この区間の停留所は
刀根山六丁目」「阪大豊中学舎前」「刀根山元町「柴原公園前」となりました。1997年4月1日の空港線路線廃止で、一時的にこの区間は休止されますが、半年後の1997年11月4日に豊中病院線が開設されたことで、「刀根山六丁目」「阪大豊中学舎前」「刀根山元町」は復活。「柴原公園前」はそのまま休止から廃止され、「柴原駅」が新設されました。
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