阪急バス路線物語(BLOG ver.)

阪急バス・阪急田園バスが運行する京阪神地区を中心に、「バス停」とその風景を撮り続けています。

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最盛期の『京都急行線』を時刻表でのぞいてみる。[コラム]

 淀川左岸では、京都・東大阪市布施間(大阪バス、2011年3月開業)や、京都・交野・なんば間(京阪バス、2012年4月開業)をはじめ、京阪間において、新しく開通した高速道路網を活用した路線が相次いで誕生したのは記憶に新しいところです。

 一方、淀川右岸では、京阪間の移動はもっぱら鉄道線、JRの新快速や阪急の特急が主なところ。バス路線はところどころが分断されてしまっているのが現状です。淀川右岸に路線をもつ阪急バスの場合、茨木水無瀬線の国道富田~阪急水無瀬間が休止した(1997年12月22日実施)ことで、営業エリアが京都地区と大阪・神戸地区とに大きく二分されてしまいました。

 今回は、どこの地域でも路線バスが全盛期だった頃のお話。阪急バスが京都と大阪を結んでいた頃を、当時の時刻表などをもとに振り返ります。

<大阪~京都間 急行バス運転開始へ>
 池田文庫に「阪急バスの新路線 8月1日より 大阪~京都間 急行バス運転」といったタイトルのチラシが保存されていました。1953年8月1日、大阪側でバスセンターの整備が整ったことで、大阪~京都間の急行バスが運行されることとなります。これが「京都急行線」とよばれるものです。 当時のパンフレットには、次のようなことが書かれていました。


 大阪本町四丁目発 京都烏丸御池行き 6:40~19:45
 京都烏丸御池発 大阪本町四丁目行き 6:10~19:35
 (朝・夕ラッシュ時20分毎、閑散時30分毎)
 
 深夜運転
  大阪本町四丁目発 京都烏丸御池行き 20:55, 0:30, 2:15
  京都烏丸御池発 大阪本町四丁目行き 22:40, 0:30, 4:00

 運転時間 90分(大阪~京都)、サービス運賃 100円
 
 停車停留所?
  本町四丁目、本町二丁目、内本町バスセンター、天神橋、南森町、天六、
  吹田、茨木(中穂積)、高槻、淀、東寺南口、京都烏丸御池


 「淀」経由だったことから、当時は現在の国道171号線が全線開通されていなかったようです。
 このときは、大阪市内と北摂各市を結んでいた阪北線(内本町~梅田~豊中~池田~宝塚)でも、深夜帯にもバスが運行されていました。戦後間もないこの時期でも、現在のように深夜帯の移動に需要があったというのに驚きを隠せません。

 さらに、運行開始から約10年後。1964年8月当時の時刻表をみてみると・・・。
19640800_kyotoexp_line.jpg 
 こんな感じでした。(※ 交通弘済社「バス時間表」(1964)を基に作成) 

 早朝の6時台や深夜2~4時台の運行を中心に削減されているものの、閑散時30分間隔は維持。往路・復路ともに24時30分発→26時10分着の最終便も残っています。

<名神高速経由、誕生へ>
 そしてこの年の12月19日。名神高速の部分開通によって、京都急行線は名神高速への乗り入れを開始します。そのときのパンフレットを模したのがこちら。(池田文庫に保管あり)
 19641219_kyotoexp_line.jpg  
 京都・大阪間で運行していた毎時2本のうち、1本を名神高速経由に乗せ換えました。渋滞による遅延回避や速達化を目的としたようです。「名神天王山」は現在の「名神大山崎」にあたります。


 その後、名神高速経由の京都急行線は、1970年1月に不採算路線として廃止。また、一般道経由の直通路線も1967年~1970年の間に減便→廃止され、路線は分断されることとなりました。分断された路線もさらに、1980年代・1990年代のうちに分割または休止が繰り返され、現在に至ります。

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