阪急バス路線物語(BLOG ver.)

阪急バス・阪急田園バスが運行する京阪神地区を中心に、「バス停」とその風景を撮り続けています。

国道梶原(こくどうかじはら)

kokudoukajihara_180609_3.jpg 
 高槻市梶原6丁目20、萩之庄5丁目21地先、国道171号・萩之庄交差点付近にあった停留所。1997年12月22日、茨木水無瀬線の運行休止とともに停留所も休止扱いとなり、その後、標柱は撤去された。
 上下線ともに、高槻市バス「国道梶原」停留所と同じ場所にバス停は設置されていた。現在でも高槻市バスの停留所は設置されており、JR高槻駅南~阪急高槻~道鵜町・上牧方面の路線が運行されている。

kokudoukajihara_180609_13.jpg 
 茨木方面に向かって撮影。

kokudoukajihara_180609_7.jpg 
 阪急水無瀬・京都方面のりばの様子。停留所北側の敷地は2014年5月~10月頃に工場が設置され、停留所付近はその工場の出入口となったため、高槻市バスの標柱は京都方面に60mほどのところに移設している。

kokudoukajihara_180609_9.jpg 
 現在の高槻市バスの道鵜町・上牧方面のりばから旧のりばに向かって撮影。

kokudoukajihara_k02.jpg 
 2002年8月に撮影した、阪急水無瀬方面のりばの様子。

kokudoukajihara_k03.jpg 
 2002年8月に撮影した、阪急水無瀬方面の標柱。翌年には阪急バスの標柱は撤去されている。

kokudoukajihara_180609_12.jpg 
 現在の高槻市バスの標柱。

kokudoukajihara_180609_15.jpg 
 一方で、富田・茨木方面のりばの様子。

kokudoukajihara_k06.jpg 
 上とほぼ同じアングルで2002年8月に撮影したもの。現在とさほど変わっていない。


kokudoukajihara_180609_5.jpg 
 バス停は写真中央のガードレールのあたりに設置されていた。阪急バスの標柱があったところに正方形に歩道が再舗装されているのがみれる。

kokudoukajihara_k05.jpg 

 2002年8月に撮影した、富田・茨木方面の標柱。こちらも翌年には標柱は撤去されている。

takatsukicitybus_douu_6.jpg 
 阪急バス茨木水無瀬線が運行休止されてからも、高槻以東(天王町~五領間)は、高槻市バス[12]系統 JR高槻駅南~阪急高槻駅~道鵜町系統が運行を続けている。おおむね30分間隔で運行されている。なお、高槻市バスでは、五領より先を、高槻市バスが尺代柳谷線として運行していたが、末期は1日2往復という少なさで、国道171号線の渋滞や鉄道線との並走などにより乗客が僅少であり、1975年5月1日に運行休止、同年10月16日に廃止をした。この頃は阪急バスでは阪急水無瀬~茨木・吹田間を1日あたり21回してきたが、1982年には1日あたり6便、さらには1日あたり2便と減便を続け、1997年12月22日に運行休止となり、東上牧・淀の原といった地区の移動の足は無くなった。その後、2013年4月1日に高槻市バス[7][7A]系統 JR高槻駅南~阪急高槻駅~上牧方面の運行開始したことで、五領~上牧間にバス路線が復活した。

▼ 茨木水無瀬線(旧・京都線の一部)
JR茨木方面~
国道富田明治製菓前芥川高槻市役所前高槻天王町野田国道梶原五領上牧高浜阪急水無瀬~河原町御池方面

2002.8.12 2018.6.9

関連記事

 廃止停留所(一般路線)