阪急バス路線物語(BLOG ver.)

阪急バス・阪急田園バスが運行する京阪神地区を中心に、「バス停」とその風景を撮り続けています。

1220 青松園前(せいしょうえんまえ)

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 箕面市石丸2・3丁目、大阪r9(府道箕面池田線・箕面山麓線)・外院3丁目交差点西にある停留所。
 兼松江商による住宅団地「青松園」の開発に伴い、青松園団地輸送として1977(昭和52)年6月1日に今宮~青松園間0.9kmを新設し、青松園団地線(青松園線とも表記あり)[152]千里中央~萱野小学校前~今宮~青松園前(青松園との表記もあり)系統の運行を開始した。
 1981年11月20日には、山麓部で箕面市東西間を結ぶ都市計画道路・箕面山麓線の開通にあわせて、粟生団地関係の運行系統の再編を実施し、旧・青松園線関係では今宮~青松園間0.8kmを廃止して、白島~青松園間1.8kmを延伸した。1988年3月末現在で現在の[60][63]系統に相当する千里中央~青松園前~粟生団地、千里中央~市立病院前~青松園前~粟生団地の2系統が運行されていた。
 1989年5月24日には、豊能町希望ヶ丘の北大阪ネオポリス団地輸送が当時希望ヶ丘と千里中央間で最短経路だった当地を経由することになり現在に至る。なお、廃止された今宮~青松園前間については2010年9月1日から運行を開始した箕面市内循環バス(オレンジゆずるバス)にて経路が復活し、停留所も市道上に新設された。

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 粟生団地方面に向かって撮影。
 
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 千里中央、箕面方面の標柱。 のちに箕面循環線の西向き標柱も別に新設されている。 

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 標柱を移設したのか、撤去跡が発見できた。
 
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 粟生団地、希望ヶ丘、余野、間谷住宅方面の標柱。
 
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 白島北方面から来るとバス停が街路樹のせいで見えなくなってしまうため、現在ではこのような紙が貼られている。
 
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 かつては交差点東側の写真で赤く囲んだところに設置されていた(2007年?頃まで)。しかしながら現在はバスベイ自体が閉鎖されてしまっている。

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 交差点南側には箕面循環線のりばが設置されている。2010年9月1日の運行開始とともに設置された。

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 今宮に向かって撮影。

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 青松園中央、外院方面の標柱。

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 第四中学校前方面の標柱。

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 粟生団地線青松園系統(千里中央~青松園前~粟生団地)では、平日ダイヤで[60][63]あわせて往路で36便、復路で39便が運行されているが、このうち平日朝7~8時台に往路2便・復路5便は千里中央~白島間を無停車する急行便として運行しており、往路便については箕面東高校の通学輸送、復路便は青松園団地から千里中央駅への速達輸送として機能している。
 北大阪ネオポリス線[25][27][28]系統も全便が急行運転となっているが、これは千里中央と遠隔郊外住宅地を結ぶ比較的長距離な住宅団地路線であるからで、現在のカラー方向幕が採用されるまでは行先方向幕に「急行」表示は無かった。現在では青松園住宅輸送も事実上担ってしまっており、北大阪ネオポリス線と粟生団地線青松園系統とは発着ダイヤが被らないような調整がされているようだ。北大阪ネオポリス線が箕面有料道路経由に変更できないのもこうした影響が響いていたりいなかったりするらしい。


2010.6.26 2012.4.7

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