2007.12.31 Mon
1826 山手台二丁目(やまてだいにちょうめ)

茨木市山手台二丁目、茨木市消防署山手台分署前にある停留所。2007.12.10に車作線・阪急茨木〜桑原橋系統がサニータウン方面まで延伸されるのとともに新設した。山手台一丁目に向かって撮影。

茨木行きのバスは奥の交差点を右折する。桑原橋方面に向かって撮影。

桑原橋・阪急茨木方面の標柱。

山手台七丁目方面の標柱。
2007.12.28
当たり前のようにある「バス停のある風景」。そんな風景を、阪急バス路線沿線に絞って撮り続けています。










箕面市北部の止々呂美に出来た新興住宅地「箕面森町」の中心部・地区センター内にあるバスターミナル。ここを発着とする箕面森町線は2007年10月1日に街開きとともに誕生したもので、先に同年5月に開通した箕面有料道路(愛称は「箕面グリーンロード」だが、地元では施工前から「箕面トンネル」と呼ばれている)を介して千里中央と箕面森町とを結んでいる。
箕面森町や箕面有料道路をはじめとした開発は、豊能町余野・希望ヶ丘などの周辺地域にとってみれば早期完成が望まれており、数十年越しの悲願の達成となった。 しかしながら、北大阪ネオポリス線などを始めとした路線系統は現状の収益等を勘案すると、同道路を活用したバス路線再編の整備が出来ないのが実状のようだ。
バスターミナルの全景はこんな感じ。写真左奥(東側)には駐車場・駐輪場がありパークアンドライドも可能だ。バスバースは合計3箇所で、写真左側と右側に おりば が、中央部に のりば がある。
ちなみに今のところ箕面森町内にある停留所はこの「箕面森町地区センター」と「とどろみの森学園前前」(仮称:小中一貫校前、2008年4月から新設)のみだが、住宅内にはバス停(バース)が設置出来るような所が何箇所もあり、将来的には住宅内を回るバスも出来るように推測される。このときは数件程度しか家が建っていなかったが、将来的にどのように発展するのか楽しみなところだ。
おりば(東・駐車場側)
普段使用している おりば はこの東側の方。 後ろに見える建物は地区センターで、今のところはコミュニティストア(コンビニ)と事務所、休憩場所などがある。中にはTVやトイレ等、ある程度の設備が揃っており、バスを待つまでの暇つぶしにはもってこいだ。おそらく将来的にはコミュニティセンターとして活用されるものだと思われる。
のりば
地区センターのほぼ玄関前にある のりば。
別アングルで撮影したもの。
標柱はこんな感じ。標柱自体は流用品。後ろには地区センターの玄関が見える。
2008年4月の増便ダイヤ改正の際に「とどろみの森学園前」停が新設され、この標柱も次停留所表記も上から訂正・貼りなおされた。
おりば(西側)
発車待ちをしている箕面森町線[1] 白島経由千里中央行きバス。箕面森町開設にあたっては、この路線専用に購入した新車を走らせているようで、この路線を担当する豊能営業所(田園バス豊能支社)にとっては97年のネオポリス線以来の新車*かつ初の低床車の導入だそうだ。(*豊能町内線を除く)
最近ではこのようなラッピングバスも走るようになった。
箕面森町線は元々豊能営業所の管轄だったが、2008年7月6日からは新しく森町北地区に開設された「箕面森町出張所(阪急田園バス、以下同)」に移管されており、写真のような6台の新車が配属されている。なお同出張所は豊能営業所管轄であり、出張所の開設は2004年3月の彩都出張所(茨木営業所管内;2007年3月21日に営業終了)以来のこと。
「すぐに行ける森でらくに生きる」「千中からバスで直通」の箕面森町。
止々呂美南→白島間の箕面有料道路を走行中の車窓風景。ちなみに初めて箕面有料道路を通るようになったバスは、阪急バスが運行受託している北摂池田メモリアルパークの墓参送迎便(トンネル開通と同時に運行開始)。それから5ヶ月ほど遅れて箕面森町線の運行が開始された。
ちなみに箕面森町線では3dayチケットなどの企画乗車券は利用出来ない。
2007.12.29 2008.6.28
2008.7.4 ver.2.0 阪急バス 箕面森町 箕面トンネル

西宮市堀切町にある停留所。ここから停名の「西宮市大谷記念美術館」へは北西へ200mのところにある。
阪神国道に向かって撮影。
浜側に向かって撮影。バス停周辺は住宅街になっている。
標柱は阪急バスが設置したもので、阪神バスと共用している。
停名表示面の拡大。このあたりは一般的な阪急バスの標柱と対して変わりは無い。
ちなみに次停留所・緑町停の副呼称「谷崎〜」はこの路線でのみ使用されている。
特記すべきなのはこの上部円板。「もだんるーぷバス」こと「阪神南地域ループバス」専用のものだ。
ちなみに同路線のバス停はここを除いて既存の阪急・阪神バスの停留所を使用しているため、この特殊タイプの標柱はここでしか見られない。
時刻表面。標柱右側にはバス停から美術館への案内図の看板が立てられている。
西宮市大谷記念美術館。詳しくは公式サイト(http://www9.ocn.ne.jp/~otanimus/)を参照。
2007.12.29
| 停留所(阪神南地域ループ)(2008年2月末廃止) | 10:30 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑








吹田市役所前・阪急千里線吹田駅前にある停留所。のりばは駅東側・市役所西側とに大きく2つに分けられている。
■ 吹田市役所前(阪急吹田)
駅東口にある停留所。左側の奥から1〜3のりばが、右側に4のりばがある。江坂方面に向かって撮影。写真では見えないが、1・2のりばは奥の高架橋の左側にある。
1・2のりば全景
1のりば
吹高口経由
[6]七尾西・亥子谷・新小川・阪急山田・千里中央
[7]市場・下山田・山田宮ノ前・新小川・阪急山田方面 
2のりば
[2]JR吹田北口・市民病院前・上山手町・佐井寺北・亥子谷・南千里・桃山台駅前
[3]吹高口・吹田高校・佐井寺北・亥子谷・桃山台駅前
[11]JR吹田北口・市民病院前・上山手町・片山中学校 循環
[15]JR吹田北口・市民病院前・上山手町・佐井寺北・亥子谷・山田樫切山・JR岸辺
[19]竹谷・上山手町・吹田高校・JR吹田北口
[20]市民病院前・上山手町・五月が丘南 循環
[21]市民病院前・上山手町・佐井寺北・亥子谷・山田樫切山・エキスポランド


3のりば・おりば全景

3のりば
[93]豊津・大池、[85][95]吹田警察署前・水道部前経由 江坂駅前
[86]豊津、[85]吹田警察署前・水道部前経由 江坂駅前・服部・豊中・柴原駅


4のりば JR吹田・阪急相川

■ 吹田市役所前(西口)
[2]市民病院前・上山手町、[10]JR吹田・JR岸辺経由 桃山台駅
[14]JR吹田・JR岸辺・山田樫切山・亥子谷
[85]JR吹田、[86]JR吹田・阪急相川、[95]JR吹田北口・市民病院 




2003.3.5
伊丹市西台1丁目、阪急伊丹駅北側にあるバスターミナル。1995年に起きた阪神淡路大震災によって駅舎が全壊という被災にあったが、その後の再開発に伴って、2000年11月21日に現在のバスターミナルが完成し、バスも乗り入れを始めた。もっぱら伊丹市バスが中心のバスターミナルである。
阪急バスが使用するバスバースはターミナル西側の計4ヶ所。南から降車専用が2バース、そして7番・8番のりばと続く。
7のりば
・岡町線[82][84] イオンモール伊丹テラス・宮川原橋・豊中方面
・園田線[88] 稲野・JR猪名寺・阪急園田方面
・伊丹石橋線[83] JR伊丹・下河原・阪急石橋方面
・伊丹西宮線 昆陽札場ノ辻・昆陽ノ里・甲武橋西詰 経由
[臨時] 阪急門戸(門戸厄神)方面 1月18・19日のみ運行
[臨時] 阪急門戸・能登町・広田→(直行)→西宮戎方面 1月9〜11日のみ運行
主に伊丹市外・東方向に向かう系統が発車。発車本数は全系統あわせても1時間に1本程度。
7番のりばで乗降扱い中の[88]阪急園田行きバス。7番のりばから発車する路線のほとんどは、乗降客が少ないために、写真のような中型バスで運行される。
8のりば (桃源台線)[60][62]北村、川西バスターミナル
川西行きは1時間に3本と本数も多い。
おりば
2002.12.15
阪急箕面線・箕面駅前にあるバスロータリー。過去には「阪急箕面」とも。もともとの「箕面」停はr43(豊中亀岡線)・箕面5丁目交差点付近にあったが、1979.4.27に現在のターミナル「阪急箕面」に移設することになった。なお使用開始当初は乗り場が4ヶ所、降り場が1ヶ所となっているが、現在は乗り場が3ヶ所に減少している。
箕面市の代表駅でもあるが、箕面市内へ行くには豊中市の千里中央駅からの方がバスの本数・系統数ともに多く利便が良い。後ろに見える建物は阪急箕面駅。
右側に1のりば、左方にバスが停まっているのが2・3のりば。
1のりば 箕面山麓線 粟生団地・間谷住宅
山麓線・国道171号を経由して箕面市東部へと向かう路線が発着。本数はおおかた1時間に1本と少ないが、箕面市東部へと向かうバスは先述の通り、この箕面駅よりも千里中央駅の方が多い。
2のりば 箕面市内・白島線 白島・千里中央、新稲
箕面市内・白島線が発着。箕面駅発着のバス系統で最も本数が多い(昼間時4本/h)。
3のりば 阪北線 柴原・豊中・庄内・日出町・梅田
梅田と大阪府北部を結ぶ阪北線が主に発着。最盛期、箕面〜豊中・梅田系統は1時間に4〜6本ほどあったようだが(昭和39年当時)、その後減回を繰り返し、2000.12.7改正では平日を除いて全て休止(箕面発着14往復)しており、箕面・梅田間の直通系統も5.5往復にまで削減されてしまった。
おりば近くにある案内図。
2003.8.7



宝塚市南口2丁目、阪急今津線宝塚南口駅南東にあるバスロータリー。同駅前には駅前広場(ロータリー)があるが、そこには阪急バスは乗り入れず、駅から100mほどのところに新たにこのようなロータリーを設置している。駅周辺にはバス停の位置案内などは一切無く 初見者にはかなり行きづらい場所にある。
1990.3.13の宝塚すみれガ丘線開設ととも鉄道接続停留所として新設されており、開設当時の同路線の輸送はもっぱら宝塚南口駅発着が主なものであったが、1995.4.27の再開発が行われた宝塚ターミナルへの乗り入れを開始を機に同路線は宝塚駅発着の輸送が主になり、2000.12.29改正では宝塚南口駅前停発着のバスはほとんどが宝塚駅経由となり、しかも運行を昼間時間帯(おおよそ10〜18時台)のみに短縮されている。ちなみに2007.4.9改正現在の発着本数は平日・土曜が12.5往復、休日が11.5往復(正月運休)。
もともとかなりの本数が発着していたのか、普通の停留所に比べて上屋も椅子も規模や設置数が大きいものになっている。
系統番号の部分を除いては1990年の開設時から変わっていないであろう看板。左側には行先が、右側には停名と次停留所表記が書かれている。西宮北口駅南東の旧バスターミナルなどでもこのタイプの看板が見られたが、撤去ないし更新されているため、現在ではほとんど見受けられない。
よく目を凝らすと「180 181 市民会館前 を経て」という表記があった。ちなみに「市民会館前」とは現在の「御殿山二丁目」(「御殿山二丁目」は2003.8.30から「勤労福祉会館前」より改称:二度改称していることになる)のこと。
上屋上部についているミニ看板。
裏の時刻表面だけは今と変わらないタイプ。
阪急の宝塚南口駅(写真は西口)
2003.7.21
高槻市北園町、阪急高槻市駅北口にある停留所。2002年12月7日に開設した深夜急行バス茨木・高槻線の終点。同路線の降り場は高槻市バス「阪急高槻駅」停留所を間借りした形になっている。
阪急バスが阪急高槻市駅への乗り入れたのは50年振りのこと。淀川右岸の新京阪線(現在の阪急京都線)沿線の路線を京阪バスから譲り受け、営業を開始したのが1951年6月1日のことで、翌1952年9月25日に廃止許可を受けている(国鉄高槻〜国道富田間。京阪バス路線譲受等については後述する)。
ちなみに阪急バスはその直後に同区間を廃止しており(1952年9月25日許可)、阪急バスの高槻駅周辺への乗り入れはそれ以来、ということになる。
なお阪急高槻市駅には高槻市バスの他、京阪枚方市方面に行く京阪バスも乗り入れている。停名については、高槻市バスが「阪急高槻駅」、京阪バスが「阪急高槻」となっており、阪急バスの停名は高槻市バスに準拠している。
市バス5番のりば
阪急バス:深夜急行バス・スターライナー(茨木・高槻線) おりば
高槻市バス:(国道171号方面) 天王町、野田 経由
[14] 六中前経由[13] 前島方面、[12] 国道梶原経由道鵜町方面行き
阪急バスの降り場として使用されているのは5番のりば。上屋等の停留所設備はここを管理する高槻市(市バス)が設置したもの。
ちなみにこの5番のりばから発車する市バスの路線系統は、阪急バス・茨木水無瀬線の廃線区間の一部を走っている([13][14]は天王町〜野田間で重複、[12]は天王町〜国道梶原・五領間で重複)。
駅舎に向かって撮影。上屋のデザインがかなり変わった形に・・・。
阪急深夜急行バスの「おりば」であることのみを示す看板。これが標柱代わりになっている。横の市バスの時刻表掲示板に比べるとかなり小さいサイズだ。ちなみに写真では問い合わせ先(運行担当営業所)が豊中営業所になっているが(2003年5月撮影)、現在は茨木営業所が運行を担当している(2004年から)。
阪急高槻市駅。駅舎ビルには「ミング高槻」という、スーパーや飲食店・行政サービスその他諸々の店舗・施設が入っている。
右側には京阪バス「阪急高槻(北口)」バス停が見えるが、これはJR高槻(駅南)に行く系統のうちの朝の数便だけが停まるというもので(そもそも京阪バスの阪急高槻〜JR高槻駅南間の本数が極端に少ない)、一般には南口にある乗り場から利用することになる。この京阪バスはこの阪急高槻から淀川を越えた京阪枚方市駅まで運行しており、本数もかなり多い(約10分毎)。
一般に阪急バスの営業エリアである淀川右岸地域に京阪バスが乗り入れているというのは何とも不思議に思えるのだが、実は次のような経緯があった。
もともと淀川右岸地域は京阪バスの営業エリアだったが、新京阪線が阪急電鉄に吸収されることに伴って、その京阪バス営業エリアも阪急バスに譲渡することになった(1952年5月18日許可、6月1日実施)。この時点では、高槻駅周辺の路線は阪急バスのエリアになったのだが、実は1952年には阪急高槻〜国鉄高槻間0.3kmの区間に対して京阪バスが乗り入れように両社間が締結して(1952年1月23日)、それが現在でも続いているというのが真相なようだ。
なお、京阪バスが主に運行している高槻〜枚方系統は、「JR高槻発着」「阪急高槻発着」の大きく2つに分けて運行しており、「JR高槻〜阪急高槻経由〜枚方」という運行をする系統は先述した通り 極めて本数が少ないが、JR高槻(駅南)〜阪急高槻間については高槻市バスが頻発運行している。
おりば周辺略図 ↓クリックすると拡大します 2008.7.12現在
2003.5.14