当たり前のようにある「バス停のある風景」。そんな風景を、阪急バス路線沿線に絞って撮り続けています。
大阪r2・中央環状上・茨木市下穂積二丁目、大阪モノレール宇野辺駅前にある停留所。もともとは「下穂積二丁目(しもほずみにちょうめ)」という停名で、中央環状西行と青葉丘南3番地地先付近にあったが、1990年6月1日の大阪モノレール開通により周辺整備や路線改変により、現在の位置になり停名も「モノレール茨木駅」に改称、0.5kmを延長している。
1997年12月22日の茨木・豊能・伏尾台管轄大改編の際に、通過系統である[111]千里中央〜モノレール茨木〜下穂積〜JR・阪急茨木、[146]阪急山田〜新小川〜山田樫切山〜吹田東高校前〜八丁池〜モノレール茨木〜下穂積〜JR茨木の2系統が廃止になったために、この停留所(休止当時の乗り場は中央環状の西行・東行の2箇所のみ存在)も休止となる。
後の2002年12月4日の深夜急行バス茨木・高槻線の開設により、「モノレール宇野辺」と改称するとともに中央環状東行のりばが、さらに2006年12月1日(〜08年3月31日の予定期間延長)には吹田市の千里丘循環線開設により中央環状西行のりばが、それぞれ事実上の復活を果たしている。
以下、乗り場については復活した中央環状上の2箇所の乗り場について扱う。
中央環状東行のりば(1997年12月22日休止)→おりば(2002年12月4日〜)
1997年12月22日のダイヤ改正で休止していたが、2002年12月4日の深夜急行バス 茨木・高槻線の運行開始に伴って、事実上の復活を遂げる。ただし降車専用で、乗車は出来ない。
高槻方面の標柱。流用品であるところを見ると、「モノレール茨木駅」時代の標柱を塗装更新したのだろうか。(2002.12.4)
停名表示面は「阪急深夜急行バス モノレール宇野辺」となっている。(2002.12.7)
上部円板もこの通り更新されている。(2002.12.7)
時刻表面はこんな掲示が貼られている。(2002.12.7)





阪急京都線・茨木市駅西口にあるバスターミナル。阪急のほかにも京阪・近鉄バスも発着する。
ちなみにJR茨木〜阪急茨木間に関しては、京阪・近鉄や空港リムジンバスはJR茨木駅東口〜茨木市役所南口〜阪急茨木東口と渋滞遅延を回避出来るルートを設定出来るのに対して、阪急バスでは、道路渋滞が慢性化しているJR茨木(西口)〜駅前通り〜阪急茨木(西口)間しかルートを設定出来ず、同区間の渋滞のせいで1時間以上バスが遅れることも多くある。そのため、多くの便・系統はこの阪急茨木ではなくJR茨木を発着地として遅延を減らそうとしている。
■1番のりば 阪急バス
1-1のりば。モノレール茨木駅経由千里中央方面行のバスが発車していたが、その後に休止。標柱は2006年現在撤去されてしまっている。
休止を示す告示。
1-2のりば JR茨木から各方面に向かうバスが発車。
1-3のりば 車作線が発車
■2番のりば 京阪バス
■3番のりば 近鉄バス
(省略)
■4番のりば エキスポ方面
標柱はもともと近鉄と共用していたようだが、近鉄が独自に標柱を立てたため、現在は阪急のみが使用。
おりば

駅西口すぐのところにある降り場。下が塗装更新後のもの。
2004.7.11 2008.3.17

宝塚市平井1丁目、阪急山本駅・北口にある停留所・ロータリー。バス路線はここから駅の南北方向に伸びている。南に向かって撮影。
西に向かって撮影。
1のりば
・JR中山寺、宝塚市立病院、宝塚市役所前経由、阪急逆瀬川方面
・南花屋敷、野里経由 阪急山本(循環)方面
宝塚市内線の逆瀬川~山本系統が発着する1のりば。おりばとして使用されることも。
標柱。
2のりば
・宝塚山手台中央、宝塚山手台四丁目経由 五月台(循環)方面
駅以北の宝塚山手台線が発着する2のりば。宝塚山手台住宅は阪急不動産・幸和不動産が造成した住宅団地で、バス路線網も1994年4月1日に阪急山本〜宝塚山手台中央間が開通、1997年4月7日には宝塚山手台四丁目まで延伸、さらに2000年6月4日の阪急宝塚線ダイヤ改正による接続調整とともに中山五月台へと延伸した。おおかた毎時3〜4本運行している(2006年10月16日改正現在)。

おりば


池田市西本町にある停留所。 写真手前の標柱は池田のりば。交差点奥には伏尾台・余野方面のりばがある。
池田方面のりば。早朝〜朝ラッシュ時の池田ゆきは次の栄町には停まらずに池田へ直行する 
伏尾台・余野方面のりば
西本町交差点南側にある川西方面 おりば。以前は尼崎線、杉生線などが走っていたこともあったが、2002年3月24日に池田〜JR川西池田間が廃止になったため、こののりばも廃止となったが、同年末に深夜急行バスのおりばとして復帰している。
標柱。円板の「のりば」であった部分に黄色い「おりば」のシールが貼られている。
2002年初めに撮影した同標柱。このバス停に路線バスが停まることはもう無い。

2003.10.12
大阪r605・国崎野間口線、大阪府豊能町野間口、野間峠・野間隧道東側にある停留所。停留所すぐのところには妙見山参道の鳥居がある。妙見山に向かって撮影。
もともと東能勢線の(池田方面)余野〜妙見山上系統しか停車しておらず、運行本数も日祝4往復のみ。2002年5月1日〜2008年5月31日までは従来通過扱いしていた豊能町内線(旧豊能町公共施設巡回バス)・豊能営業所前(希望ヶ丘)〜余野〜吉川方面系統も新たに停車するようになり、2005年5月改正現在では、終日6往復運行していた。(2008年6月1日ダイヤ改正で豊能町内線が野間峠経由から止々呂美東西線経由に変更したため廃止)
停留所周辺にはすぐ横に民宿・喫茶(?)が1軒あるだけで、利用者はほとんど皆無に等しく、居るとしても妙見山に登るハイキング客くらいだろう。
妙見山上方面の標柱。対向側の余野方面と兼用。
ちなみに対向から発車する余野行きに関して、現地では特に注意書きは無いのだが、妙見山上から下りてくる余野行き(日祝のみ)に乗る場合は鳥居付近で待っていても問題ないのだが、吉川方面つまり野間隧道から来た余野行き(町内線・マイクロ車両)に乗る場合は、府道側で待つ必要がある。バスに乗るとしても、挙手するなどの乗車意思を示さないと乗れないかも。
先述のとおり、2002年5月〜2008年5月末まで運行していた豊能町内線・吉川方面に関していうと、豊能町が補助金を出して運行しているという路線の性格上、別自治体である能勢町内・川西市黒川地内にある停留所には停まらず、豊能町西部・吉川地区にある「住宅前」停留所まで所要時間にして15〜16分(距離だと8〜9km程度?)の間、ノンストップで運行している。運行ルート上では廃止された京都交通・野間線(後述)をカバーしていることになるが、途中にある「本滝寺」「大原口」といった停留所については その廃止にカバー出来ていないことになる。
京都交通野間線(余野〜本滝口〜吉川系統)の標柱。同路線は豊能町と能勢町とを結ぶ唯一の路線で末期には1往復運行していたが、2003年6月末に廃止になってしまった。標柱は現在撤去されている。
余野〜妙見山上系統では急坂が続くため、何度かブレーキテストを行う。この野間峠もその一つだ。 
能勢町と豊能町を結ぶ野間トンネル。少し前まではトンネル内の照明もなく、かなり不気味な雰囲気を漂わせていた。
そもそも野間峠自体には、昔から「しおき場」と呼ばれる首塚跡があるなどして、オカルトマニアの間ではかなり有名なスポット。トンネル工事の際にも色々あったらしい。(詳しくは「そういう系」のサイトを参照してほしい。)
地元でも「幽霊が出る」などとかなり怖がられているが、豊能町・能勢町とを結ぶ道路は近距離で結ぶ道路はここしかなく(あるとしても亀岡市別院・太歳まで迂回するのみ。ただし、2007年には箕面森町地内に連絡道が開通しているが、これもまた若干の遠回り。)、仕方なく通っている人も多い。「どうしても通らなければいけない」というとき以外には、通らないほうが懸命。
また、野間峠を経由するバスは2003年6月の京都交通野間線廃止以降、豊能町内線・東西巡回系統・1日6往復(2005年5月改正現在)だけだったが、何度も述べたように、2008年6月1日改正で野間峠を経由しなくなったため、野間峠を通るバスは完全に消滅した。
2002.9.16 2008.6.1文章訂正(豊能町内線関連)
※現在の詳細については0551 仁川駅前をご覧ください
■旧のりば(さらら仁川北館駐車場付近)
仁川循環線が開設した2002年3月27日から、翌年3月11日まで使用されていたのりば。開設当初は、ぎりぎり2台が入るような猫の額ほどの大きさだった。
2003.3.8

宝塚市仁川北2丁目、阪急今津線・仁川駅東口にあるバスターミナル。2003年3月12日に、駅東側の兵庫r337上にあった武庫川線「仁川」停留所 および 駅北側にあった仁川循環線「仁川駅前」停留所をそれぞれ新しく出来た駅前交通広場に移設することになった。手前左側が2のりば、中央奥が1のりば。
なお停留所番号は前のものをそのまま踏襲している。県道上にあった 0551 仁川 については後述するが、駅北側にあった 旧1620 仁川駅前 はリンク先を参照のこと。
■1のりば
仁川循環線 仁川高丸・仁川台方面(1620)
宝塚新橋線 西野団地前・宝塚営業所前・JR中山寺方面(0551)
仁川循環線方面のりば。2008年4月1日から宝塚新橋線(JR中山寺方面行)が 2のりば から 1のりば に変更されている。
■2のりば (0551)
武庫川線 競馬場・阪急逆瀬川・JR甲子園口方面、甲東園方面
武庫川線のりば。武庫川線は仁川駅前交通広場への乗り入れをきっかけに、2004年10月16日には従来甲東園発着としていたものを、この仁川駅前発着を基本とした系統再編が実施された。
また2005年4月4日から運行開始した宝塚新橋線も、試験運行が終了する(2008年4月1日改正)まではこの2のりばを発着地としていた。





阪急電鉄相川駅西口にある停留所。
駅西口隣にある豊中・吹田方面のりば。奥には阪急バスでは珍しいターンテーブルがある。もちろんまだ現役。
デカデカと看板が出ているものの、バスの本数は一日たった2往復。
ターンテーブルの注意書き。かろうじて文字が見える。
駐車禁止と書いてあるが、バスの便数の少なさからか駐車場代わりにしている車は結構多 い。一番上の写真で既に1台駐車しているが、この後さらに2台の車が駐車し、半ば駅前駐車場状態に...
豊中・吹田行きのりばから約50m北方にあるのりば。道幅が狭く歩道もないので少々危険。
摂津ふれあいの里方面の標柱
吹田方面の標柱
写真のよう標柱表示面は見えないが再塗装してあった。次停留所表記はなし。
2002.11.3
























大阪大学医学部病院玄関前にある停留所。この先阪大本部前までは大阪大学の構内を走ることになる。
写真左が大阪モノレールの阪大病院駅、右が阪大病院。
阪大本部前方面の標柱。
千里中央方面のりば。利用者が多いせいか大きな待合室が設置されている。
待合所の内部。自販機類も設置されている。手前の標柱が阪急、奥の標柱が近鉄。
同のりばの標柱。「バスロケ」と呼ばれるバス接近表示機を搭載した最新型の標柱で、2002年5月頃に設置された。


大阪モノレール阪大病院駅。千里中央〜阪大病院の輸送については、バスと競合関係にある。
停留所のすぐ横にある大阪大学医学部附属病院(阪大病院)。北摂地域の総合医療ターミナルである。
2003.10.3





