当たり前のようにある「バス停のある風景」。そんな風景を、阪急バス路線沿線に絞って撮り続けています。
川西市花屋敷、阪急雲雀丘花屋敷駅北側にある停留所。小規模な回転場になっている。
現在の阪急雲花駅が開業したのは1961年1月で、阪急バスが駅前に乗り入れるようになったのは翌1962年5月のこと。もともと満願寺線は国鉄川西池田・池田発着を基本としていたが、その後は川西市役所・阪急雲花発着に変わり、現在では阪急雲花発着を基本として川西BTまでの系統が若干数あるのみという運行形態になっている。満願寺線の年表については花屋敷停留所の頁を参考にしてほしい。
古めかしい電照式の看板。このようなタイプの看板は大阪府・京都府内ではあまり見られない。
「川西能勢口駅前」から「川西バスターミナル」へと名称が変わったため、その部分だけ書体が異なる。
造形大・満願寺・愛宕原ゴルフ場へと向かう満願寺線は雲花駅発着が主で、川西BT発着便は少ない。
阪急雲花駅。
2003.3.8

川西市一庫にある停留所。集落域は能勢電高架の北側、r68旧道沿いにある。2003年現在、ここを通るバスは深夜帯1便のみで、免許維持に近い状態になっているが、かつては西能勢線(本線系統)も一庫に停車していた。(詳細は後述)

日生中央方面の標柱。のりばや標柱には蜘蛛の巣がはってあり、客が乗降している気配がない。
休止中の山下駅前方面のりば。
標柱はこのとおりカバーがかけられている。カバーの下には「一庫 →山下本町」という 表示が隠れていた。

現在は標柱も上屋も完全に撤去されてこの有様。(2006.3.12)
一庫ダムが造成される前まではこのあたり(新前川大橋北詰付近)に西能勢線の乗場があった。川沿いにあり、道もかなり狭い。能勢方面に向かって撮影。
左へ曲がると山下、真っ直ぐ行くと紫合へと抜ける。
「おにぎり」(国道標識のこと)が設置されているのを見る限り、現在でも国道指定されているようだ。
2003.4.6 2006.3.12



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大岩地区南部にある停留所。のりばは もともと県道上(写真左方・農協前)にあったが、現在では市道上に移されている。

2004.5.3
旧道上のりば 〜1998.1.28まで
1998.1.29に山手台七丁目〜大岩郵便局前間の新道乗せ替えが実施されるまでは、JA前に停留所があった。どちらかといえば、今の新道上のりばよりもより集落寄りに位置していたとも言える。大岩方面に向かって撮影。
停留所付近は歩道があるが、車線はたったの1車線とかなり狭い。阪急茨木〜中河原南口〜大岩系統には誘導員が添乗しているが、終点大岩での折り返しだけではなくこうした狭隘区間でも誘導していたものだと思われる。
山手台に向かって撮影。
旧道の様子。(停留所から若干南のところから、南に向かって撮影)
道幅がかなり狭いのが分かる。
停留所前にある橋から現在の のりば に向かって撮影したもの。ちょうど左端に大岩行きのりばが見える。
ちなみに旧道上のりば(跡)と現在ののりばとは階段で繋がっている。
2006.4.30
箕面市粟生間谷東8丁目、大阪大学・箕面キャンパス(旧・大阪外国語大学)前にある停留所。間谷住宅5方面に向かって撮影。
同大学学部敷地内にある「阪大外国語学部前」停への直通バスが運行されない日には、この「間谷住宅4」停を利用することになる。そのため、休校日でも同大学生の利用が絶えない。
1975年5月10日の間谷ミディバス(コールモビルシステム)運行開始時には「間谷7」という停名で、降車専用の停留所だった。(※ミディバスから路線バスに昇格した停留所はここを除いて全てコールポスト 停留所である。ただしコールポスト停留所でも間谷5は昇格せず廃止された。他の降車専用停留所は間谷3・4。位置等は「間谷住宅3」停の項か、休廃止路線探訪を参照。) 1985年7月3日に路線化された際に現在の「間谷住宅4」に改められた。さらに1979年9月1日に大阪外国語大学が上本町から移転してきたことに伴い、旅客案内上では「間谷住宅4(大阪外大前)」となり、2007年10月1日の阪大・大阪外大の合併に伴って「間谷住宅4(阪大外国語学部前)」と改められた。
北千里・千里中央・阪急箕面方面の標柱。写真は「大阪外大」時代のものだが、見ても分かる通り 標柱には「間谷住宅4」とだけ書かれており、副名称「大阪外大前」は書かれていない。2007年10月の阪大・外大合併以降も特に副名称を追加されることもなく、同改正時点では塗装更新されていない。
停留所前にある国立「大阪外国語大学」こと「大阪外大」。先述するとおり、現在は「大阪大学外国語学部(箕面キャンパス)」になっている。
2004.3.15

間谷住宅の入口にある停留所、というのもこの住宅地に初めて乗り入れた「間谷ミディバス」は北千里からこの間谷住宅入口までを定期便として走り、その先の住宅内を要望に応じて運行するというシステムを取っていたことからも来ている。
なおミディバス時代に「間谷住宅入口」停は回転場となっており、その土地には92年3月25日に阪急バス(現在は阪急不動産に移譲)が経営する賃貸物件「パセオ間谷」が建てられている。
千里中央方面の標柱。
間谷住宅内方面の標柱。
2004.3.15
参考 http://w3land.mlit.go.jp/WebGIS/index.html
昭和49、52年の空中写真にロータリーが見受けられる
箕面市粟生間谷東5・7丁目、箕面市東部の住宅団地「間谷住宅」の東側に位置する停留所。乗り場は全部で4箇所ある。
間谷住宅を経由する系統のうち、「間谷住宅」を発着とする系統はこの「間谷住宅1」停を起終点としており、間谷住宅発の便は「間谷住宅1発→(循環)→間谷住宅1→・・・」と、間谷住宅着の便は「・・・→間谷住宅1→(循環)→間谷住宅1着」という運行形態になっている。
停名に関しては、1975年5月10日の間谷ミディバス(コールモビルシステム)運行開始時には「間谷1」という停名だったが、1985年7月3日に路線化された際に現在の停名に改められた。
1のりば
間谷住宅(循環)経由
[30][36][56][59] 間谷住宅1 止
[30]尼谷経由、粟生団地→[56]豊川住宅前・[59]尼谷経由、
小野原→今宮→北千里・千里中央方面
[37] 粟生団地→青松園前→阪急箕面→箕面市立病院前→粟生団地 方面
2のりば
[30]尼谷経由、粟生団地→[56]豊川住宅前・[59]尼谷経由、
小野原→今宮→北千里・千里中央方面
[37] 粟生団地→青松園前→阪急箕面→箕面市立病院前→粟生団地 方面
間谷住宅内・小野原・北千里・千里中央方面が発着する1・2のりば。奥の交差点を左に行くと阪大外国語学部方面、右に行くと住宅入口方面。東に向かって撮影。
(1のりば)間谷住宅循環方面の標柱。
(2のりば)北千里・千里中央・阪急箕面方面の標柱。間谷ミディバス運行時代には、バスを呼ぶコール・ポスト(CP)が設置されていた。左下にある白いコンクリ舗装部分はそのCPの撤去痕だろう。
3のりば
[51] 阪大外国部学部前方面(学部登校日のみ運行)
4のりば
[51] 小野原・今宮経由 北千里・千里中央方面(学部登校日のみ運行)
阪大外国語学部(旧大阪外大)系統が発着する3・4のりば。阪大外国語学部方面に向かって撮影。
(3のりば)阪大外国語学部前方面の標柱。
(4のりば)北千里・千里中央方面の標柱。
のりば略図
2004.3.15 2008.4.7ダイヤ改正対応
国道423号・豊能町牧、東能勢線の終着点である「牧」回転場。1997年12月22日改正までは、さらに北進した関西カントリー(亀岡市)まで走っていた。池田方面に向かって撮影。
昭和41年4月28日からしばらくの間、廃止された余野車庫の代替として牧車庫が設置されていた。その車庫の跡かどうかは分からないが回転場の端に定期券売り場の廃墟が残っていた(後述)。
なお、京都交通(現在の京阪京都交通)も2005年頃まで走っていたが(余野線・余野~亀岡駅系統)、この回転場には乗り入れず国道上に停車していた。
余野・阪急池田方面、寺田・大円方面の標柱。2002年の豊能町内線ダイヤ改正(東地区巡回バス開設)の際に、再塗装された。
池田を出発して牧に到着した東能勢線のバス。ほとんどの便は牧に到着後、希望ヶ丘にある豊能営業所へと回送する。地元では牧〜希望ヶ丘間を営業化してほしいとの声もあるそうだが、乗務員の労働条件等の問題があって実現出来ないのだとか。
かなり前からあると思われる古びた看板。文字が薄くなっているが「バス折り返し所につき他車の進入・駐停車を禁ず 阪急バス(株)」と書いてあるのが分かる。
回転場の奥にこんな木造の廃墟が。地元の方の話では、これが(冒頭に述べた)牧車庫の残骸では?とのことだった。
ひっくり返された「阪急バス定期券うりば」の看板。それにしてもかなり古そうだ。
阪急池田から摂丹街道(国道423号)を経由して豊能町余野・牧へと向かう東能勢線[136]系統。1997年12月22日の改正までは牧から先の亀岡市別院にある関西カントリーまで走っていた。(2003.1.19 阪急池田・西のりばにて)
バス停から少し北に行ったところには大阪・京都府境があり、ここから先は京都府亀岡市となる。亀岡方面行(京都交通、現在の京阪京都交通)の便が少ないせいか、亀岡市別院地区の人も阪急バス東能勢線を利用している。ちなみに牧地区も もともとは亀岡市域だった。 
2003年に廃止になった京都交通余野線「牧」停留所の標柱(上:亀岡行、下:余野行)。現在はもちろん撤去されている。
「バス停の周りには何も無い」と言われる牧停留所だが、毎週日曜には停留所北側の牧公民館で朝市をしていたり*、少し北に行くと写真のような店があり そこで亀岡別院や豊能町(東部)、丹波の地場商品を買うことも出来る。時間があれば一度立ち寄ってみるのも良いだろう(「牧」停から徒歩10分弱、京バス「神地」停そば)。
*(参考URL:http://www.pref.osaka.jp/nosei/facility/toyono.html)
2002.10.26 2005.1.9
豊能町西部・吉川、能勢電車妙見口駅前にある停留所。乗り場は、下記のように 駅南側にある東ときわ台線乗・駅前にある京都交通代替路線・妙見口能勢線の乗場の計2箇所がある。
のりば案内略図 2007.7.7現在
←クリックすると別窓で拡大します。
(1)東ときわ台線のりば(ロータリー内)
(A)(B)豊能町内線のりば(道路上)
妙見口駅南側にある乗り場。東ときわ台・畦野方面のりばはロータリーの標柱に、豊能町内線のりばは写真左側の道路上だ。
大抵は車両2台がバスロータリーに待機している。後ろには能勢電車が。
乗場にはベンチ・上屋が設置されている。
標柱。2002年5月の豊能町内線ダイヤ改正により塗装更新された。更新前は停名のみ表記で次停留所表記は無かった。 なお 豊能町内線の時刻表も上の標柱に貼られているが、豊能町内線の乗り場は標柱の無い道路上になっている。
豊能町内線のりばも上の告示の通り、標柱が無い場所が乗り場になっている。
ロータリー中央にある乗務員休憩所。
発車待ちしている[71]妙見口駅〜東ときわ台循環系統。昼間時は20分間隔で運行している。東ときわ台線にはこのほか、昼の出入庫系統として[69]妙見口駅〜畦野系統が平日・土曜に1往復だけ運行している。(2003.4.1撮影)
(2)妙見口能勢線のりば(京都交通「吉川」停・吉川営業所跡地)
妙見口駅前にある乗場。もともとは京都交通の停留所および営業所があった。営業所は 2002年頃に廃止・撤去され、現在のように整備され、整備の際に新設された乗務員休憩所も阪急バスにそのまま引き継がれている。 阪急バスに引き継がれたのは2003年7月1日から。
待機中の妙見口能勢線・奥田橋循環系統。休日には妙見山参拝の乗客増に対応すべく中型車で対応している。運行開始から6月頃までは、方向幕は「阪急バス」で、行先表示は窓部に紙で表示していたが、現在は専用幕が用意されている。
2003年11月頃から、平日に限って写真のようなマイクロバスで運行している。
標柱は簡易式。
京都交通廃止後、京都交通では定期券の払い戻しを行っていた。
妙見口駅駅舎内にある時刻表。妙能線新設により更新されたが、豊能町内線は未掲載のまま。
↓「ケーブル前」行の時刻表。日祝にはこのように増便される。
2003年6月現在、駅舎の時刻表と標柱の時刻表が違っていたのだが、その後 現在ではちゃんと訂正されている。
ローカルムード満点の能勢電妙見口駅駅舎。ちなみに「妙見口」とは「能勢妙見山の入口」のことを指しているようで、能勢電鉄の社名にある「能勢」もこの能勢妙見山から来ている。妙見山を隔てて東側の国道423号・摂丹街道にも「妙見口」停(豊能町野間口)がある。 これは妙見山のアクセスが、妙見山西側の能勢町・川西市(国道477号)側からと、東側の豊能町(国道423号)側からとの2つの方法があるのが理由の一つにあると考えられる*。
地元では もっぱら 「妙見口」と言われれば、豊能町西部の人は妙見口駅を、東部の人は野間口にある妙見口停のことを指すが、それでも混同するケースが多く、前者を「吉川(の妙見口駅)」、後者を「野間口」と使い分ける人も少なくない。
*現在では 西側からのアクセスは電車・バス利用、東側からのアクセスは乗用車利用という風に分かれており、能勢電や阪急電車の宣伝もあってか 妙見山からのアクセスは西側からが一般的だ。その代わりに東側からのアクセスに「阪急池田〜妙見山上」というバス路線系統があったが、こちらはかなり最盛期に比べて衰退してしまった(妙見山上バス停を参照。)
2002.12.15 2003.7.5 10.10
国道423号・豊能町野間口、妙見山の入口に位置する停留所。大正期には「亀岡口」という停名だった。
同名の能勢電妙見口駅は野間峠を越えた西側(吉川)にある。

池田方面の標柱。 (上:2002.9.16 下:2008.3.13)

妙見山上・牧方面の標柱。 (上:2002.9.16 下:2008.3.13)
かつては京都交通の標柱とも並んでいた。
2002.9.16 2008.3.13
「妙見さん」として親しまれる能勢妙見山の頂上にある停留所。東能勢・能勢東部のバス路線はこの妙見山輸送を中心に発展してきた。現在では能勢電・妙見ケーブル・リフトの利用が一般的となり、妙見山へのバス路線は阪急バスの余野・池田系統だけとなってしまっている。
ちなみに最盛期(昭和30年代)には大阪市中央区の内本町2丁目バスセンターから梅田、豊中(阪北線)を経由して妙見山へといたる38.8km、約2時間もの長大路線を運行していた。
昭和39.4〜6現在の妙見山直通系統の時刻表(引用:BUS TIME バス時間表1964.4 p.234)
内本町2丁目752→池田845→久安寺900→妙見口930→妙見山上945
妙見山上1645→妙見口1700→久安寺1727→池田1740→内本町2丁目1833
このほか、
池田〜妙見山上10往復(+休日復1)、池田〜牧経由〜妙見山上往2復1
池田〜牧3往復、池田〜妙見口7往復など 
停留所で発車待ちをしている[137]余野行きのバス。池田・妙見山間の輸送が主な目的だが、途中経路の豊能町野間口地区での乗降も少なくない。
阪急バスの標柱。
京都交通の標柱。2005年に廃止され、現在は撤去されている。

のりばのすぐ向かい側にある建物。どうやら昔は阪急バスの車庫として使われていたようだが、現在では私有倉庫となっている。 看板に「阪急バス 池田 余野 茨木 方面」と書いてあるのにも注目。 それにしても いつ頃まで使われていたのだろうか・・・。 
妙見山上系統は勾配がきつい箇所が多いため、妙見山上発車時と野間峠通過時にブレーキテストを行う。
妙見山のバス停からおよそ400m下ると妙見リフト・妙見山駅がある。現在、平日・土曜日は池田方面に下るバスがないのでリフトとケーブルを経由して能勢電妙見口駅まで行くことになる・・・むしろ、妙見山に来る(帰る)人のほとんどはこの妙見リフト・ケーブルを利用しているのが現状だ。
妙見山への参道入り口。本堂までは意外と距離が長い。
余野(東能勢中学校前)〜妙見山上間の路線バス。池田方面までは余野(東能勢中学校前)で乗換となるが、運賃は通し運賃が適用して大人700円。日祝に4往復運行しているほか、正月三が日には池田への直通臨時便が運行される。
京都交通は本滝口、倉垣橋、湯ノ花温泉、亀岡駅を経て、阪急桂、西大路七条から京都駅までという長い距離を運行。京都駅までは大人1700円。妙見山14:43発、日祝日、正月三ガ日に1往復のみ運行・・・していたのだが、2005年に廃止となってしまい、京都側から妙見山へのアクセスは無くなってしまった。
2002.9.16 2003.10.22








吹田市桃山台5丁目、北大阪急行桃山台駅西口にあるバスターミナル。このバスターミナルでは豊中市内、千里ニュータウン、吹田市内の路線が発着している。
なお正式な停名は「桃山台駅前」だが、方向幕では「桃山台駅」となっている(LED表示は正式停名に準拠した「桃山台駅前」)。 また、深夜急行バスの「桃山台駅」停留所はこのバスターミナルではなく、高速線の「千里ニュータウン」停留所なので、利用するときには注意したい。高速バス停留所については千里ニュータウン(桃山台駅)を参照。
1番のりば 上新田・津雲台七方面
2番のりば 吹田市内線各方面 
3のりば 旭ヶ丘、桜塚、阪急曽根、豊中方面
4のりば 東豊中団地方面 
5のりば 南町二・千里中央方面、緑地公園グリーンハイツ方面
写真追加予定
おりば
桃山台案内所。桃山台駅北側に「千里ニュータウン(桃山台駅)」高速バス停留所があるため、ここでは高速バスの乗車券も発売している。
桃山台駅前のショッピングセンター「アザール桃山台」。郵便局や市役所支所、銀行ATMなども併設。 
大阪の大動脈、北大阪急行の桃山台駅。
2002.8.2