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JR高槻駅南(じぇいあーるたかつきえきみなみ)

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 大阪r128(高槻停車場線)・高槻市上田辺町、JR高槻駅南側にある降車専用停留所。「JR高槻駅南」バスターミナルから100mほど南に下りていったところにある。2002年12月4日の深夜急行バス・茨木高槻線の開設により新設された。
 停名は、高槻市バスが「JR高槻駅南」、京阪バスが「JR高槻」となっており、深夜急行バスを運行している阪急バス・国際興業バス(現在運休)は高槻市バスの停名に準じている。
 JR高槻駅に向かって撮影。

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 高槻市役所・国道171号方面に向かって撮影。深夜急行バスの降り場は、高槻市バス・京阪バスの降り場列の一番南側に位置している。

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 降り場標柱。一見すると、単なる高槻市バスの標柱だが、実はこれが阪急バス・深夜急行バス「JR高槻駅南」の標柱なのだ。

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 反対側から撮影。標柱には「下田部団地」という文字が消されていた痕跡があったので、おそらくその停留所の標柱を塗りなおしてここに設置したのだろう。

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 停名表示面下部に書かれている「深夜急行バス」「阪急バス」の文字。これでここに阪急バスが停車することが分かるのだが、一見さんからすると高槻市バスの標柱と見間違えてしまうかも。もうちょっと分かりやすい表記にしてくれれば・・・。
 塗装更新については、深夜急行バスの運行開始が2002年12月3日深夜(12月4日AM)、その後 2004年に阪急バスは担当営業所を豊中から茨木に変更、2006年6月30日に国際興業バス便の運行休止がそれぞれ実施されている。

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 JR高槻に乗り入れている民営バスは京阪バスのみ。淀川を越えた京阪枚方市方面に行くバスが出ている。
 もともと高槻周辺を含む淀川右岸(現・阪急京都線沿線)の路線は、京阪バスから阪急バスに全て譲渡されており
(1951年5月18日許可、6月1日実施)、京阪バスが高槻駅に乗り入れるのは不自然・・・と思えるのだが、実は 1952年1月に阪急バスの路線区域である阪急高槻市駅〜国鉄高槻駅、阪急茨木市駅〜国鉄茨木駅等の区間に対して京阪バスの乗入を許可するという協定が締結され、同区間は阪急バス・京阪バスの2社が相互乗り入れする形で運行されるようになった。その後 阪急バスが国鉄高槻〜国道高槻間を廃止したため(1952年9月25日許可)、現在は京阪バスのみが高槻駅周辺に乗り入れるようになったというのが事の真相だ。

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 JR京都線・高槻駅。利用者数はJR西日本の駅の中で10番目に多いんだそう。京阪間を結ぶ新快速も、新大阪以外にはこの高槻にのみ停車している。

おりば周辺略図(↓クリックすると拡大します) 2008.7.12現在
JR-takatsukis_map.jpg 

2008.6.28

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明治電々前(めいじでんでんまえ)

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 高槻市今城町・朝日町・国道171号群家交差点、明治製菓前にある停留所。京都に向かって撮影。
 停留所名は阪急バスは「明治製菓前」なのに対して、高槻市バスでは『明治製菓』と北側にあった『電電公社(現在のNTT)社宅』の2つを組み合わせた「明治電々前」という停名になっている。ちなみに後者のNTTの社宅は2007年頃に完全撤去、新たにマンション群が建てられている。
 道路地図でも多くのものがこの停留所を「明治電々前」として明記してあったこともあってか、2002年12月4日の深夜急行バス運行開始の際には高槻市バスと同じ「明治電々前」に名称変更している。
 休止停留所として停留所紹介はこちらを参照。
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 茨木方面に向かって撮影。

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 休止していた頃の高槻方面の標柱。(2002.8.12撮影)
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 現在の高槻方面の標柱。
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 停名表示面に関して、もともと「明治製菓前」と書かれていた部分が「明治電々前」に貼りなおされている。
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 上部円板についても同様に訂正されている。
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 時刻表掲示部には休止案内に変わって、このような掲示がされることに。

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 休止中の茨木方面の標柱。現在は撤去されている。(2002.8.12撮影)

2002.8.12 2008.5.4

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芥川(あくたがわ)

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 国道171号・高槻市南芥川町にあった停留所。京都方面に向かって撮影。
 1997年12月22日に通過系統である茨木水無瀬線が休止となったために、当停留所もしばらく休止していたが、2002年12月4日に深夜急行バス・茨木高槻線が開設したことにより降車停留所として復活を遂げた。なお、休止停留所としての停留所紹介はこちら

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 休止していた頃の高槻方面の標柱。(2002.8.12撮影)
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 現在の標柱。
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 停名表示面。
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2002.8.12 2008.5.4

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高槻市役所前(たかつきしやくしょまえ)

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 国道171号、高槻市城西町・桃園町、高槻市立桃園小学校南側にあった停留所。停名にある高槻市役所はここから北東に60mほど行ったところにある。茨木に向かって撮影。
 1997年12月22日に通過系統である茨木水無瀬線が休止となったために、当停留所もしばらく休止していたが、2002年12月4日に深夜急行バス・茨木高槻線が開設したことにより降車停留所として復活を遂げた。なお、休止停留所としての停留所紹介は
こちら
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 京都方面に向かって撮影。

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 休止していた頃の水無瀬方面の標柱。(2002.8.12撮影)
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 深夜急行バスの運行開始により降車専用停留所として復活を果たした現在の標柱。
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 停名表示面はこの通り。次停留所表記が「高槻」になっているが、当の高槻停留所は標柱自体がとっくに撤去されている。現在の次停留所は「JR高槻駅南」だ。
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 上部円板もこの通り。
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 時刻表掲示面には休止案内の掲示から「深夜急行バス降り場専用」の掲示が貼られるようになった。ちなみに「明治電々前」「芥川」についても同様。

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 休止していた頃の茨木方面の標柱。現在は撤去されている。現在の様子はこちら。(2002.8.12撮影)

2002.8.12 2008.5.4 

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阪急高槻駅(はんきゅうたかつきえき)

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 高槻市北園町、阪急高槻市駅北口にある停留所。2002年12月7日に開設した深夜急行バス茨木・高槻線の終点。同路線の降り場は高槻市バス「阪急高槻駅」停留所を間借りした形になっている。
 阪急バスが阪急高槻市駅への乗り入れたのは50年振りのこと。淀川右岸の新京阪線(現在の阪急京都線)沿線の路線を京阪バスから譲り受け、営業を開始したのが1951年6月1日のことで、翌1952年9月25日に廃止許可を受けている(国鉄高槻〜国道富田間。京阪バス路線譲受等については後述する)
ちなみに阪急バスはその直後に同区間を廃止しており(1952年9月25日許可)、阪急バスの高槻駅周辺への乗り入れはそれ以来、ということになる。
 なお阪急高槻市駅には高槻市バスの他、京阪枚方市方面に行く京阪バスも乗り入れている。停名については、高槻市バスが「阪急高槻駅」、京阪バスが「阪急高槻」となっており、阪急バスの停名は高槻市バスに準拠している。

市バス5番のりば
 阪急バス:深夜急行バス・スターライナー(茨木・高槻線) おりば
 高槻市バス:(国道171号方面) 天王町、野田 経由
  [14] 六中前経由
[13
] 前島方面、[12] 国道梶原経由道鵜町方面行き 
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 阪急バスの降り場として使用されているのは5番のりば。上屋等の停留所設備はここを管理する高槻市(市バス)が設置したもの。
 ちなみにこの5番のりばから発車する市バスの路線系統は、阪急バス・茨木水無瀬線の廃線区間の一部を走っている([13][14]は天王町〜野田間で重複、[12]は天王町〜国道梶原・五領間で重複)

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 駅舎に向かって撮影。上屋のデザインがかなり変わった形に・・・。

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 阪急深夜急行バスの「おりば」であることのみを示す看板。これが標柱代わりになっている。横の市バスの時刻表掲示板に比べるとかなり小さいサイズだ。ちなみに写真では問い合わせ先(運行担当営業所)が豊中営業所になっているが(2003年5月撮影)、現在は茨木営業所が運行を担当している(2004年から)

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 阪急高槻市駅。駅舎ビルには「ミング高槻」という、スーパーや飲食店・行政サービスその他諸々の店舗・施設が入っている。
 右側には京阪バス「阪急高槻(北口)」バス停が見えるが、これはJR高槻(駅南)に行く系統のうちの朝の数便だけが停まるというもので(そもそも京阪バスの阪急高槻〜JR高槻駅南間の本数が極端に少ない)、一般には南口にある乗り場から利用することになる。この京阪バスはこの阪急高槻から淀川を越えた京阪枚方市駅まで運行しており、本数もかなり多い(約10分毎)。  
 一般に阪急バスの営業エリアである淀川右岸地域に京阪バスが乗り入れているというのは何とも不思議に思えるのだが、実は次のような経緯があった。
 もともと淀川右岸地域は京阪バスの営業エリアだったが、新京阪線が阪急電鉄に吸収されることに伴って、その京阪バス営業エリアも阪急バスに譲渡することになった(1952年5月18日許可、6月1日実施)。この時点では、高槻駅周辺の路線は阪急バスのエリアになったのだが、実は1952年には阪急高槻〜国鉄高槻間0.3kmの区間に対して京阪バスが乗り入れように両社間が締結して(1952年1月23日)、それが現在でも続いているというのが真相なようだ。
 なお、京阪バスが主に運行している高槻〜枚方系統は、「JR高槻発着」「阪急高槻発着」の大きく2つに分けて運行しており、「JR高槻〜阪急高槻経由〜枚方」という運行をする系統は先述した通り 極めて本数が少ないが、JR高槻(駅南)〜阪急高槻間については高槻市バスが頻発運行している。

おりば周辺略図
 ↓クリックすると拡大します 2008.7.12現在
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2003.5.14

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0188 呉服橋西詰(くれはばしにしづめ)

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 国道176号・猪名川に架かる呉服橋の西詰にある停留所。
 2002.3.24の猪名川・清和台営業所管内路線再編により、池田・西本町〜川西BT間が廃止されるが、東向きに関しては深夜急行バスが現在も運行中。
 ちなみに「呉服橋」は「ごふくばし」ではなく「くれはばし」と読むのが正解。由来は池田にある呉羽の里から。(2006.10.2撮影)

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 休止前の川西方面の標柱。(2002.3撮影)
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 現在の標柱。停名表示面の退色が激しい。(2006.10.2撮影)
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 深夜急行バスが停車するにも関わらず「休止中」というやる気の無さ。同じく休止停留所である「芥川」「明治電々前」などの停留所には「深夜急行バス降車専用停留所」という掲示がされるのだが・・・。(2006.10.2撮影)

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 休止前の池田方面の標柱。現在は撤去されている。(2002.3撮影)

2002.3 2006.10.2

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0189 小花一丁目(おばないっちょうめ)

 川西市小花一丁目にある停留所。阪急宝塚線が高架化される前、川西能勢口駅駅舎と近かったためか、もともとは「川西能勢口」と称されていた。
 2002.3.24ダイヤ改正時に杉生線の日生中央〜池田系統が休止されたのに伴って、一般路線としてこの停留所は休止となっているが、深夜急行バスが現在も降車扱いのみではあるが停車しており、事実上の深夜急行バス専用停留所になっている。このような専用停留所は、他にも「モノレール宇野辺」「明治電々前」「芥川」「高槻市役所前」がある。

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 川西駅に向かって撮影。
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 池田方面に向かって撮影。
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2006.10.2

廃止前の停留所の様子(2002.3に撮影)
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 川西方面
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 池田方面
2002.3

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モノレール宇野辺(ものれーるうのべ)

 大阪r2・中央環状上・茨木市下穂積二丁目、大阪モノレール宇野辺駅前にある停留所。もともとは「下穂積二丁目(しもほずみにちょうめ)」という停名で、中央環状西行と青葉丘南3番地地先付近にあったが、1990年6月1日の大阪モノレール開通により周辺整備や路線改変により、現在の位置になり停名も「モノレール茨木駅」に改称、0.5kmを延長している。
 1997年12月22日の茨木・豊能・伏尾台管轄大改編の際に、通過系統である[111]千里中央〜モノレール茨木〜下穂積〜JR・阪急茨木、[146]阪急山田〜新小川〜山田樫切山〜吹田東高校前〜八丁池〜モノレール茨木〜下穂積〜JR茨木の2系統が廃止になったために、この停留所(休止当時の乗り場は中央環状の西行・東行の2箇所のみ存在)も休止となる。
 後の2002年12月4日の深夜急行バス茨木・高槻線の開設により、「モノレール宇野辺」と改称するとともに中央環状東行のりばが、さらに2006年12月1日(〜08年3月31日の予定期間延長)には吹田市の千里丘循環線開設により中央環状西行のりばが、それぞれ事実上の復活を果たしている。
 以下、乗り場については復活した中央環状上の2箇所の乗り場について扱う。


中央環状東行のりば(1997年12月22日休止)→おりば(2002年12月4日〜)
 1997年12月22日のダイヤ改正で休止していたが、2002年12月4日の深夜急行バス 茨木・高槻線の運行開始に伴って、事実上の復活を遂げる。ただし降車専用で、乗車は出来ない。
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 高槻方面の標柱。流用品であるところを見ると、「モノレール茨木駅」時代の標柱を塗装更新したのだろうか。(2002.12.4)

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 停名表示面は「阪急深夜急行バス モノレール宇野辺」となっている。(2002.12.7)

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 上部円板もこの通り更新されている。(2002.12.7)

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 時刻表面はこんな掲示が貼られている。(2002.12.7)

中央環状西行のりば(千里丘循環線を除き、現在休止中)
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 阪急バスのほかにも近鉄バス(後ろ)が1日1本のみ停車している。椅子も設置されているが排ガスまみれでとても座れなかった。(2002.12.7)
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 標柱も排ガスまみれ。上部円板が無いのは、休止後に撤去されたからだろうか。次停留所表記に八丁池が無いのも不思議。(2002.12.7)

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 見えにくいが「当バス停は当路線系統が休止となりますので平成9年12月22日より休止いたします。あしからずご了承願います。」とある。(2002.12.7)

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 2006年12月1日の千里丘循環線の開設とともに新たに標柱を設置(右)、従来あった標柱はキレイに拭かれて休止中の紙が貼られた(左)。(2006.12.16)

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 千里丘循環線標柱の時刻表面はこんな感じ。ちなみに従来あった標柱の時刻表面には、掲示内容が変わり単に「休止中」とだけ表示されるようになった。(2006.12.16)

※未確認:モノレール茨木駅・西行き標柱撤去?(2007.11)

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梅田(新阪急ホテルバスセンター) (うめだ・しんはんきゅうほてるばすせんたー)

※一般路線バス梅田停は 0005 梅田 を参照
※梅田停3のりばとして扱われている阪急三番街停は 
1092 阪急三番街
 を参照
※高速バスの発着する 阪急三番街バスターミナル 
こちら

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 大阪市北区芝田一丁目 R176・芝田交差点東、大阪
梅田「大阪新阪急ホテル」玄関前にあるバスセンター。このバスセンターには大阪国際(伊丹)空港・関西国際空港方面へ向かう大阪空港交通などの空港リムジンバスも乗り入れており、停名は「大阪駅前(梅田)(新阪急ホテル)」。
 乗り場は発車潤に1〜3のりばが設置されており、2のりばには空港リムジンバスの乗り場、3のりばには空港リムジンバスの降り場もそれぞれ設置されている。

1のりば
 桃山台・千里中央・小野原東・粟生団地方面

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 2002年12月4日に新設された、千里中央・箕面粟生団地方面が発車する1のりば。ここから千里中央まで22分・1000円、終点の粟生団地まで45分・1500円で結ぶ。0:50発。

2のりば
 池田・川西・清和台・日生中央・伏見池公園前方面
 大阪国際(伊丹)空港、関西国際空港 行 (空港リムジン・標柱は別)

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 1990年12月1日から運行を開始した初代スターライナーの池田・川西・清和台・日生中央方面のりば。1:00に梅田を出発し、阪神高速を経由して、池田(東ターミナル)まで23分・1400円、終点の伏見池公園前まで68分・2200円で結ぶ。2004年1月7日から管轄が茨木営業所から豊中営業所に変わった。
 ちなみに、現在の「深夜急行バス」的な役割をもったバスは、昭和30〜40年代にもあった。阪急宝塚線の終電後の輸送を補完すべく、梅田から阪北線(国道176号旧道)を経由して宝塚へと向かうもの、阪急京都線終電後には大阪内本町BT〜(大阪高槻京都線・R171経由)〜河原町御池の京都急行線がそれである。これらは後に長距離不採算路線整理によって廃止されている。 (阪北線深夜系統の梅田〜豊中〜宝塚行は1972年6月1日に国鉄川西池田行に短縮し、国鉄川西池田〜歌劇場間を廃止。さらにこの短縮系統も1976年3月8日廃止。)

3のりば 
 桃山台・茨木・富田・高槻 方面
 空港リムジンバスおりば

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 2002年12月4日に新設された、茨木・高槻方面のりば。JR茨木まで30分・1500円、終点の阪急高槻駅までは60分・2000円で結ぶ。1:10発。2004年1月7日から管轄が豊中営業所から茨木営業所に変わった。
 標柱は大阪空港交通の降り場標柱と共用している。

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 2のりば横に設置されている深夜急行バスの案内看板。

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 案内板下に掲示されている路線図。北摂地域を走る深夜急行バスはこの3系統のみ。

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 新阪急ホテルバスセンターの案内看板。
 
2004/5/2

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